著者: チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン
解説: 入山 章栄、冨山 和彦
訳者: 渡部 典子
製品開発の現場で感じていたジレンマ
私はこれまで長年にわたり製品開発に携わってきました。その中で何度か経験したのが、ある製品の開発が一段落し、次の製品開発に着手するタイミングです。
一見すると、新しい製品の開発を始めるだけの話に聞こえるかもしれません。しかし現場では、それほど単純ではありません。
開発が完了した製品は、市場投入後も改良や品質向上、コストダウン、顧客要望への対応など、多くの課題を抱えています。さらに競争力を高めるためには、限られた人員や予算を投入し続ける必要があります。
一方で、現在の成功に満足していると、次の成長の種を失ってしまいます。市場環境や顧客ニーズは変化し続けるため、将来を見据えた次世代製品の開発にも早い段階から取り組まなければなりません。
つまり、「今の製品をさらに良くすること」と、「次の製品を生み出すこと」の間で常に意思決定を迫られるのです。
当時は経験や勘で判断していた
振り返ってみると、当時は明確な理論やフレームワークを持っていたわけではありません。
既存製品に集中すれば、比較的短期間で成果が見えやすくなります。売上や利益への貢献も説明しやすく、経営層から見ても納得感があります。
しかし、その判断を続けていると新規開発が後回しになり、気付いた時には競争力を失ってしまう可能性があります。
逆に、新製品開発へ大きく投資すれば将来への期待は高まりますが、既存製品の品質や顧客満足度が低下するリスクもあります。
どちらにも合理性があり、どちらにもリスクがあります。そのため、毎回のように悩みながら判断していたことを覚えています。
『両利きの経営』が言語化してくれたこと
『両利きの経営』を読んで最も印象的だったのは、私が現場で感じていたこの葛藤が、多くの企業に共通する経営課題として整理されていたことです。
本書では、既存事業を磨き上げる活動を「深化(Exploitation)」、新しい価値や事業機会を探す活動を「探索(Exploration)」と定義しています。
私が製品開発の現場で経験していた悩みは、まさにこの「深化」と「探索」の間で生じるジレンマそのものでした。
既存製品の改良は深化です。現在の強みをさらに強くし、利益を拡大していく活動です。
一方で、次世代製品の研究開発は探索です。将来の成長につながる可能性を模索する活動ですが、必ず成功する保証はありません。
本書を読んで、「なぜ判断が難しかったのか」が初めて理論として理解できました。
「どちらか」ではなく「両方」が重要
特に印象に残ったのは、本書が「深化か探索か」という二者択一を勧めていない点です。
実務の現場では、どうしても短期的な成果が求められるため、既存事業への投資に偏りがちです。しかし、それだけでは将来の成長を失います。
逆に、新規事業や新製品開発だけに注力しても、現在の収益基盤を維持できません。
本書は、重要なのはどちらかを選ぶことではなく、両方を成立させる組織や仕組みを構築することだと説いています。
この考え方は、単なる経営理論ではなく、私自身が開発プロジェクトで何度も直面してきた課題に対する一つの答えのように感じられました。
製品開発に携わる人ほど共感できる一冊
本書は新規事業を担当する経営者だけのための本ではありません。
製品開発、研究開発、IT部門、事業企画など、将来への投資と現在の成果の両立を求められる立場の人であれば、多くの場面で共感できる内容だと思います。
私自身、「今の製品をさらに伸ばすべきか、それとも次の製品へリソースを振り向けるべきか」という悩みを何度も経験してきました。その経験があったからこそ、『両利きの経営』のメッセージは単なる理論ではなく、自身の実務経験と重なるものとして理解できました。
長期的に成長する組織をつくるためには何が必要なのか。その問いに対して、本書は非常に示唆に富んだ視点を与えてくれる一冊だと感じています。

コメント